東京高等裁判所 平成9年(行ケ)110号 判決 1998年10月13日
長野県南佐久郡川上村大字御所平930番地
原告
長野川上農業協同組合
代表者代表理事
由井嘉
訴訟代理人弁護士
光石忠敬
同
光石俊郎
同弁理士
田中康幸
長野県小諸市相生町二丁目3番5号
被告
浅間農業協同組合
代表者代表理事
髙地忠男
東京都新宿区大京町26番地1
被告
安生裕
被告ら訴訟代理人弁理士
大多和明敏
同
大多和暁子
主文
特許庁が平成8年審判第16480事件について平成9年3月31日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
主文と同旨の判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「カット野菜パックの製造方法」とする特許第2046054号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、平成3年10月17日に特許出願され、平成7年8月30日の出願公告(平成7年特許出願公告第80488号)を経て、平成8年4月25日に特許権設定の登録がされたものである。
被告らは、平成8年9月30日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求し、特許庁はこれを平成8年審判第16480号事件として審理した結果、平成9年3月31日に「特許第2046054号発明の明細書の請求項第1項ないし第2項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本を平成9年4月16日に原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)
請求項1
カットした野菜を洗浄槽内で洗浄し、このカット野菜をネットコンベアーで洗浄槽内から回収すると共に、該ネットコンベァー上で水切りした後、遠心脱水機内に投入して脱水し、脱水したカット野菜を遠心脱水機から直接バケット内に収容して該バケットごと真空冷却槽内を通過させることにより真空冷却乾燥し、次いでこのカット野菜をバケットから自動秤量機に供給して低温下で所定量に秤量し、自動充填機により低温下で小分け袋に充填し、真空包装機により真空包装することを特徴とするカット野菜パックの製造方法
請求項2
自動秤量機による秤量工程及び自動充填機による充填工程を10℃以下の冷風下で行う請求項1記載のカット野菜パックの製造方法
3 審決の理由
別紙審決書「理由」写しのとおり(以下、審判手続における甲第1号証(平成6年特許出願公開第46747号公報)を「先願明細書」といい、先願明細書記載の発明を「先願発明」という。)
4 審決の取消事由
審決は、相違点イないしハの判断をいずれも誤った結果、本件発明は特許法29条の2の規定に該当するとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)相違点イの判断の誤り
審決は、先願発明において三次洗浄装置7と遠心脱水機8との間に何らかの自動搬送装置を介在させていることは自明であるとしたうえ、そ菜類の洗浄処理装置において洗浄が完了したそ菜類を洗浄槽から引き上げ移送するための手段としてネットコンベアーを用いることは従来周知であり最も一般的であることを論拠として、先願発明における上記自動搬送装置をネットコンベアーとすることは自明のことである旨判断している。
しかしながら、審決が上記周知技術として例示している昭和64年実用新案出願公開第32097号公報あるいは昭和50年特許出願公開第148146号公報記載のネットコンベアーが給水あるいは噴射洗浄のために使用されているのに対し、本件発明の要件であるネットコンベァーは脱水のために使用されているのであって、両者は技術的意義を異にする部材であるから、審決の上記判断は誤りである。
(2)相違点ロの判断の誤り
審決は、相違点ロは先願明細書から常識的に読み取れる範囲内のことである旨判断している。
しかしながら、特許法29条の2の規定にいう「明細書又は図面に記載された発明又は考案」には、明細書又は図面に記載された発明又は考案から推考できる技術的事項は含まれない。しかるに、審決は、「先願明細書には秤量、袋への充填、真空包装を低温下で行う旨の明記はない」ことを認めながら、「野菜の鮮度保持のためには(中略)各工程を低温状態にすることが望ましいことは自明のことである。(中略)このことは先願発明の前提技術の範囲内の事項であることが明らかである。」、「先願明細書に記載されたものは、真空冷却装置11によって十分に冷却された後、直ちに計量、袋詰め、真空包装の一連の作業工程に移されるものであるから、(中略)当該作業工程においてカット野菜は十分に低温状態にあり、低温下において上記一連の作業がなされるものと推測されないでもない。」と説示して、相違点ロは先願明細書から読み取れる範囲内の事項である旨の結論を導いている。この判断は、先願明細書の記載から推考できる事項を先願明細書に記載された事項に取り込んでされていることが明らかであって、誤りである。
(3)相違点ハの判断の誤り
審決は、相違点ハは先願明細書の記載から当業者が容易に読み取れた範囲内のことであり、あるいは先願発明を実施するに当たって当業者が常識的に選択する温度範囲として自明のことである旨判断している。
審決のこの判断は、カット野菜を分包したフィルム袋を真空包装する作業雰囲気を2~5℃にすることが望ましいことは先願明細書に前提技術として示されていること、洗浄した野菜は保存温度が0℃に近いほど劣化が抑制されることは当業者の技術常識であること、野菜の秤量、真空包装等の一連の作業環境温度を10℃以下にすることは常識的な範囲であることを論拠とするものであるが、これまた、先願明細書の記載から推考できる事項を先願明細書に記載された事項に取り込んでされていることが明らかであって、誤りである。
第3 被告らの主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 相違点イの判断について
原告は、審決が周知例として挙げている2件の公報記載のネットコンベアーが給水あるいは噴射洗浄のために使用されているのに対し、本件発明の要件であるネットコンベアーは脱水のために使用されているのであって、両者は技術的意義を異にする部材である旨主張する。
しかしながら、本件発明の要件であるネットコンベアーは水切りのためのものであって、原告主張のように脱水のためのものではない。そして、審決が周知例として挙げている2件の公報記載のネットコンベアーも水切りのためのものであることは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。
2 相違点ロの判断について
原告は、特許法29条の2の規定にいう「明細書又は図面に記載された発明又は考案」には、明細書又は図面に記載された発明又は考案から推考できる技術的事項は含まれないところ、相違点ロに関する審決の判断は先願明細書の記載から推考できる事項を取り込んでされている旨主張する。
しかしながら、特許法29条の2の規定にいう「明細書又は図面に記載された発明又は考案」の技術内容は、当該発明又は考案の特許出願又は実用新案登録出願当時の技術常識に基づいて解釈すべきことは当然である。しかるに、真空包装したカット野菜を製造する場合、野菜の鮮度低下を防止するために製造の全工程を低温下で行うことは、先願発明の特許出願当時の技術常識であり、広く実用化されていた事項である。したがって、相違点ロは先願明細書から常識的に読み取れる範囲内のことであるとした審決の判断は正当であって、原告の上記主張は余りにも形式論である。
3 相違点ハの判断について
原告は、相違点ハに関する審決の判断も先願明細書の記載から推考できる事項を取り込んでされていることが明らかであって誤りである旨主張する。
しかしながら、カット野菜の鮮度低下を防止するためにカット野菜を6℃以下に保つのが望ましいことは、先願発明の特許出願当時の技術常識である。したがって、秤量工程及び充填工程の作業環境温度を10℃以下の冷風下としたことは当業者が選択する温度範囲として自明のごとであるとした審決の判断は正当である。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告らも認めるところである。
第2 甲第2号証(公告公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面A参照)。
1 技術的課題(目的)
本件発明は、鮮度の保持性に優れたカット野菜パックを容易に得ることができる方法に関するものである(2欄2行ないし7行)。
カットされた野菜は急速に鮮度が低下するので、カット後の野菜を冷却すること(3欄1行ないし6行)、カット野菜を洗浄水切りして流出した細胞液を除去し、真空脱水冷却した後真空包装すること(3欄14行ないし18行)が従来から行われている。
しかしながら、このような方法は自動化が困難であって(3欄28行、29行)、コスト高を招くという問題点がある(3欄44行、45行)。
本件発明の目的は、上記のような従来技術の問題点を解決することである(3欄46行ないし49行)。
2 構成
上記の目的を達成するため、本件発明はその特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし14行)。
3 作用効果
本件発明によれば、鮮度の保持性に優れたカット野菜パックを得ることができ、しかも、製造工程を容易に自動化することが可能である(6欄37行ないし40行)。
第3 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 相違点イの判断について
原告は、本件発明の要件であるネットコンベァーが脱水作用を行わせるために使用されているのに対し、審決が周知例として挙げている2件の公報記載のネットコンベァーは給水あるいは噴射洗浄の作用を行わせるために使用されているのであって、両者は技術的意義を異にする部材である旨主張する。
検討すると、本件発明の特許請求の範囲には、前記のとおり「カット野菜をネットコンベァーで洗浄槽内から回収すると共に、該ネットコンベァー上で水切りした後、遠心脱水機内に投入し」と記載され、本件発明の要件であるネットコンベアーが水切りの作用を行わせるための部材であることが明らかにされているから、本件発明の要件であるネットコンベアーが脱水作用を行わせるために使用されているという原告の上記主張は本件発明の構成に基づかないものである(なお、審決は、相違点イを「最終洗浄装置と遠心脱水機との間」の自動搬送装置をネットコンベァーとした点と認定し、本件発明が複数の洗浄装置を備えるものとしているが、これも本件発明の構成に基づかないものである。)。
一方、甲第3号証によれば、先願明細書の図面である別紙図面B(工程模式図)には、旋回二次洗浄槽5と三次洗浄槽7との間に「水切りコンベア6」が図示されていることが認められる。
そうすると、先願明細書には、洗浄槽の下流に水切りの作用を行わせるコンベアーを配置することが記載されていることになる。もっとも、同図には、三次洗浄槽7と2台の自動脱水機8との間にはコンベアーが図示されていないが、三次洗浄槽7から回収したカット野菜をそのまま自動脱水機8に投入するのは余りにも不合理であるから、三次洗浄槽7と各自動脱水機8との間にも水切りの作用を行わせるコンベァーが配置されていると考えるのは当然のことである。そして、水切りの作用を行わせるコンベァーとしてはネットコンベァーが最もふさわしいことは技術的に疑問の余地がないから、審決認定の相違点イは、実際には本件発明と先願発明の相違点ではないというべきである。
以上のように、審決の相違点イの認定は誤りであるが、この誤りは、相違点でないのに相違点であるとしたものであるから、本件発明が特許法29条の2の規定に該当するとした審決の結論に影響を及ぼすものでないことはいうまでもないところである。
2 相違点ロの判断について
原告は、特許法29条の2の規定にいう「明細書又は図面に記載された発明又は考案」には、明細書又は図面に記載された発明又は考案から推考できる技術的事項は含まれないところ、相違点ロに関する審決の判断は先願明細書の記載から推考できる事項を先願明細書に記載された事項に取り込んでされていることが明らかであって誤りである旨主張する。
検討すると、本件発明の特許請求の範囲には、前記のように「低温下で所定量に秤量し」、「低温下で小分け袋に充填し」と記載されているから、本件発明の発明者が秤量工程及び充填工程を低温下において行うことに特別の技術的意義を認めていることが明らかである(なお、本件発明の特許請求の範囲には、相違点ロにいう真空包装工程を低温下で行うことは必ずしも明記されていないといえるが、この点はしばらく措く。)。そして、その技術的意義は、明細書の発明の詳細な説明における「カット野菜を低温下で秤量するように構成してあるので、冷却された野菜が温暖下に晒されることによって小分け袋の内面に水分が結露することも可及的に防止され、故に乾燥状態で包装することができ、細菌の繁殖も良好に防止することができる。」(前掲甲第2号証4欄33行ないし38行)という記載に見出だすことができる。
一方、前掲甲第3号証によれば、先願発明は、「洗浄を完了したカット野菜は(中略)遠心分離機にて脱水し、(中略)定量をプラスチックフィルム小袋に詰め、真空冷却装置にて約3℃に冷却し、自動真空包装機にて真空包装する」(1欄41行ないし44行)従来の生産方式では、「真空冷却装置へのカット野菜の搬入及び該装置からの搬出がバッチシステムとなり、カット野菜の完全自動化の点で課題が残る」(2欄6行ないし9行)との問題意識の下に、「脱水済みカット野菜を容器に収納し、該容器を真空冷却装置に搬入冷却し、自動搬出し、該冷却済みカット野菜収納容器からカット野菜をコンベヤで搬送し、自動計量後、プラスチックフィルム小袋に自動袋詰めし、自動真空包装機にて脱気し、開口部を密封」(1欄5行ないし10行)する構成を採用したものと認められる。
すなわち、先願発明の特徴は、カット野菜の秤量工程及び充填工程の後に冷却工程を行う従来技術を、まずカット野菜をまとめて冷却した後に秤量工程及び充填工程を行う構成に改良することによって、秤量工程及び充填工程の自動化を容易にした点にあることが明らかであって、秤量工程及び充填工程をどのような作業雰囲気において行うかについては特別の問題意識はなかったと解するのが相当である。したがって、相違点ロは先願明細書の記載から常識的に読み取れる範囲内のことであるとした審決の判断は、先願明細書の記載を離れたものであって、誤りというべきである。
この点について、被告らは、特許法29条の2の規定にいう「明細書又は図面に記載された発明又は考案」の技術内容は、当該発明又は考案の特許出願又は実用新案登録出願当時の技術常識に基づいて解釈すべきことは当然であるところ、真空包装したカット野菜を製造する場合、野菜の鮮度低下を防止するために製造の全工程を低温下で行うことは先願発明の特許出願当時の技術常識である旨主張する。
確かに、審決が説示するように「洗浄後の野菜についても、それがカットされたものであるか否かに拘りなく、低温状態に保持されることがその鮮度低下を避ける上で望ましい」ことは、当事者が援用する証拠を待つまでもなく、一般的な常識に属する事項である。しかしながら、先願発明において、カット野菜の冷却工程の後に、常温下で秤量工程及び充填工程を行うことは当然に可能であり、かつ、それが技術的に不合理といえないことも明らかであるところ、先願明細書には、カット野菜をまとめて冷却することは記載されているのに、その後の秤量工程及び充填工程については低温下で行うことは記載されていないのである。したがって、前記の常識に属する事項を論拠として、先願明細書にはカット野菜の秤量工程及び充填工程を低温下で行うことが記載されているに等しいとみることはできないものというべきである。
3 相違点ハの判断について
相違点ハは、本件発明の特許請求の範囲の請求項2において、同請求項1では単に「低温下」としている秤量工程及び充填工程の作業雰囲気を、「10℃以下の冷風下」と限定した点に関するものである。
そして、前項記載のとおり、相違点ロに係る構成が先願明細書に記載されているということができない以上、これを更に限定した構成が先願明細書に記載されているといえないことは当然である。したがって、相違点ハは先願明細書の記載から当業者が容易に読み取れた範囲内のことであり、あるいは、先願発明を実施するに当たって当業者が常識的に選択する温度範囲として自明のことであるとした審決の判断も、誤りである。
4 以上のとおり、相違点ロ及びハに関する審決の判断はいずれも誤りであるから(なお、相違点イに関する審決の認定の誤りは、前記のとおり、審決の結論に影響を及ぼさない。)、本件発明は特許法29条の2に規定する特許を受けることができない発明に該当するとした審決の結論は、維持することができない。
第4 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条の各規定を適用して、主文のとおり判決ずる。
(口頭弁論終結日 平成10年9月29日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>
3 一次洗浄槽
4 スライサー
5 旋回二次洗浄槽
6 水切コンベア
7 三次洗浄槽
8 自動脱水機
9 格納ボックス
10 ボックスローダー
11 真空冷却装置
12 パレタイザーB
13 ボックスダンバー
14 ホッバー
15 コンピュター計量機
16 小袋詰め機
17 自動真空包装機
18 金属検知機
19 貯溜槽
理由
本審判請求に係る特許は、平成3年10月17日の特許出願について、平成7年8月30日の出願公告(特公平7-80488号)を経て、平成8年4月25日に登録されたものである。
1.本審判請求人の主張
本件特許は、その請求項1に係る発明、請求項2に係る発明についてこれを無効にすべき旨、本審判請求人は主張しており、その理由の趣旨は次の通りである。
理由1
本件特許発明は、本件出願の出願前(平成3年9月27日)の特許出願(特願平3-249462号)の願書に最初に添付した明細書または図面(甲第1号証、特開平6-46747号)に記載した発明と同一であるから、本件特許は特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項2号の規定により無効にされるべきものである。
本件の請求項1に係る特許発明の、(a)カット野菜を洗浄槽から回収して遠心脱水機に投入すう手段を、ネットコンベアとしてこれによって搬送中に水切りを行う点、(b)カット野菜を秤量、小分して袋に充填する作業を低温下で行う点は甲第1号証には明記されてはいないが、上記(a)の点は洗浄した野菜の回収、搬送手段として従来周知・慣用のものであり、また上記甲第1号証に記載された発明の目的、実施態様からみて自明のことである。
また、甲第1号証に記載されたものが、カット野菜を真空冷却装置11で真空冷却し、この冷却が完了してから秤量、小分して袋に充填するものであることからして、これらの作業が低温下でなされるべきこと、すなわち上記(b)の点は当乗者の常識に照らし自明のことである。
したがって、上記の両点のいずれにも発明は存在せず、したがって、本件特許発明(請求項1、請求項2に係る出願)は甲第1号証に記載された発明と同一である。
理由2
本件特許は、発明者でない者であり、またその発明について特許を受ける権利を継承していない者の特許出願に対してなされたものであるから、特許法第39条第6項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項6号の規定により無効とされるべきものである。
本件出願の出願前である平成3年9月14日受領印つき、長野川上農業協同組合組合長理事 油井嘉宛て 安生技術士事務所 安生三雄差出の抗議書(甲第5号証)に記載された技術内容と本件特許発明とは同一である。そして、本件特許権者は上記の長野川上農業協同組合であり、その発明者 吉沢昭人、成沢良夫及び由井正司は、この発明についての特許を受ける権利を継承したものではなく、上記の安生技術士事務所安生三雄の上記抗議書に記載された発明を盗用したものであることは明らかである。
2.本被請求人の反論
(1)理由1について
甲第1号証には、(1)カットした野菜を洗浄槽内で洗浄し、このカット野菜をネットコンベァーで洗浄槽から回収すると共に、該ネットコンベァー上で水切りした後、遠心脱水機内に投入して脱水する点が記載されておらず、この点は甲第1号証に記載された発明について自明のことであるという請求人の主張も理由がなく失当である。
また、甲第1号証には、(2)低温下でカット野菜の秤量及び小分け、袋へ充填し、真空包装する点は記載されておらず、甲第3号証、甲第4号証には、野菜を貯蔵するには冷蔵が効果的であることが記載されているが、カット野菜の製造工程における、秤量工程、袋詰め工程を低温下で行うことまでは示唆されていない。
そして、本件発明は、明細書に記載しているように、この点によって「冷却された野菜が温暖下に晒されることによって小分け袋の内面に水分が結露することも可及的に防止され、故に乾燥状態で包装することができ、細菌の繁殖も良好に防止することができる。」という効果を生じたものである。
したがって、請求項1に係る発明は甲第1号証に記載された発明と同一であり、本件特許は、請求項1に係る発明につして、特許法第29条の2の規定に違反して成されたものであるとの、請求人の主張は理由がない。
また、本件の請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載されたものに対して、上記相違点(1)、(2)の外に、上記「低温下」を特に「10度C以下の冷風下」とした点においても相違する。
したがって、同様の理由により、本件特許は、請求項2に係る発明について、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであるとの、請求人の主張は理由がない。
(2)理由2について
請求人は、甲第5号証に記載された技術と本件特許発明とが同一であるとし、甲第5号証の差出しに対して特許権者は反論しなかったことを理由に、本件特許発明は、その発明者が発明したものでも又特許を受ける権利を継承したものでもなく、その発明者が盗用したものであるから、本件特許出願は冒認によるものである旨主張する。
しかし、甲第5号証に記載された技術は甲第1号証に記載した上記の範囲内のものであり、上記相違点を備えていないのであるから、これと同一ではない。また、本発明者が甲第5号証に記載された技術を盗用したものであるというが、その証拠はない(非請求人は、請求人こそ非請求人の発明を盗用したものであるとも反論している)。
したがって、理由2は失当である。
3.判断
3-1.請求理由1について
審判請求理由および非請求人の反論を参酌しつつ、審判請求理由の有無を検討する。
特許出願の願書に添付された明細書または図面に記載された発明は、特許されることを前提とすることなく、特許法の規定により公開される。このために、その明細書または図面に記載した発明についての後願は、その発明を初めて公開することにはならないばかりでなく、当該発明についての後願が特許されるとなれば、先願者は、自ら公開した発明を実施することが不可能になる等の不合理で過酷な犠牲を、特許制度によって強いられることになる。このような問題を回避するためには、先願の明細書または図面から当業者が読み取れる発明については、その後の出願は特許されることがないようにすることが必要である。これが特許法第29条の2の規定の趣旨であると解するのが相当である。
他方、明細書にはその発明の本質について当業者が容易に理解することができる程度に詳細、かつ明瞭に記載しなければならず、またその発明を当業者が実施する上で必要な事項を詳細かつ明瞭に記載しなければならないが、しかし、その発明と技術的に関連する技術常識やこの常識を参酌することによって容易に明細書または図面から読み取れること、その発明を実施するに当たっては当然に採用されることが自明のことまでも記載する必要はない。
したがって、従来周知の事項等の当業者の常識を参酌することによって、先願の明細書または図面の記載から推認される(読み取れる)技術的事項、その発明に実施に当って当然に採用されることが自明の事項は、これに記載された事項の範囲内のことと解するのが相当である。
3-1-1.請求項1に係る本件特許発明について
(1)請求項1に係る本件発明の要旨
本件特許明細書の記載によると、本件特許発明は、特公昭63-24649号公報に記載された発明を前提としており、このものはカット野菜を袋に充填したものをバケットに並べて、これを真空冷却装置を通した後再びバケットから取り出して真空包装機にかけることになるが、この作業を自動化することが困難であり、このためにコスト高を招く結果になるという問題認識の下で、この問題の解消を目的として、「鮮度の保持性に優れたカット野菜パックを得ることができ、しかも自動かが容易なカット野菜パックの製造方法を提供することを目的と」し、特許請求の範囲の第1項に記載された事項と同じ事項からなる解決手段によって、上記目的を達成したものである。
以上の記載から、本件特許発明は要するに、洗浄、脱水を完了したカット野菜を秤量、小分けして袋に充填してから真空冷却槽をとおして真空冷却乾燥していたところを、バケットに収納し、そのままで真空冷却槽をとおして真空冷却乾燥し、その後、秤量、小分けして袋に充填することによって、真空冷却槽による真空冷却乾燥工程の前後の人手作業を不要にしたところに技術的特徴があるものであり、その外に、最終洗浄固定から遠心脱水工程へのカット野菜の移動手段をネットコンベヤにして、その搬送工程においても幾分の水切りを行うこと、及び軽量、袋詰め作業を低温下で行うことを構成要件として規定したものと言う事ができる。
したがって、本件特許の請求項1に係る発明の要旨は、同請求項に記載された次のとおりと認められる。
「カットした野菜を洗浄槽内で洗浄し、このカット野菜をネットコンベアーで洗浄槽内から回収すると共に、該ネットコンベアー上で水切りした後、遠心脱水機内に投入して脱水し、脱水したカット野菜を遠心脱水機から直接バケット内に収容して該バケットごと真空冷却層内を通過させることにより真空冷却乾燥し、次いでこのカット野菜をバケットから自動秤量機に供給して低温下で所定量に秤量し、自動充填機により低温下で小分け袋に充填し、真空包装機により真空包装することを特徴とするカット野菜パックの製造方法。」
なお、ネットコンベアーが水切り機能があることは常識であるから、上記の「ネットコンベアー上で水切りした」はネットコンベアーによって搬送する間に幾分の水切りがなされることを意味し、また、発明の詳細な説明を参酌してもそれ以上の特別な水切りが成されることを意味するものとは解せないので、結局、上記の「ネットコンベアーで洗浄槽内から回収すると共に、該ネットコンベアー上で水切りした後、遠心脱水機内に投入し」は、最終洗浄装置と遠心脱水機との間の搬送手段をネットコンベアにしたということを意味するいうことができる。
(2)甲第1号証に記載された発明
特願平3-249462号の願書に最初に添付した明細書または図面(甲第1号証)にはカット野菜の自動化生産方法が記載されており、このものは上記の特開昭63-24649号公報に記載された発明を前提として(本件明細書に記載された前提技術と同じ)、その真空冷却装置へのカット野菜の搬入及び該装置からの搬出がバッチシステムとなり、カット野菜の完全自動化の点で課題が残されているとして、これを課題とし、カット野菜の洗浄工程の後に、カット野菜を例えば上部搬入、下方搬出等の自動搬入、搬出可能な特殊脱水機を用い、自動搬出されたカット野菜を容器に格納し、該容器を真空冷却装置に搬入し、冷却後、自動搬出し、該容器から、カット野菜をコンベアに移して、コンピュータ秤量機に搬送することにより、調整工程以外の全工程の自動化が可能になるようにしたものであり、容器に格納した状態で真空冷却装置によって冷却乾燥されたカット野菜を、容器からコンベア上に移してコンベアで搬送し、一体に組み合わされた自動秤量器、袋詰め機、真空包装機によって、秤量、小分けしてプラスチック袋に自動袋詰し、包装装を脱気して密封し、これをダンボール箱に詰めて製品冷蔵庫に保管するものである。
したがって、このものは本件特許発明の前記課題を解決したものであることは明らかである。
第1号証にはジェット水流による三次洗浄装置7から遠心脱水装置8へのカット野菜の搬送が自動的に成されるべきものであることはこのカット野菜の自動生産装置が完全自動装置であることから自明のことであるが、この三次洗浄装置7から遠心脱水装置8へのカット野菜の搬送がどのような手段で行われるものかは明記されておらず、また、一体に組み合わされたコンピュータ秤量器15、袋詰め機16、真空自動包装機17による一連の作業の作業雰囲気の温度についても具体的に記載されてはいない。
なお、甲第1号証に記載された発明の前提技術を示す上記公報には、袋詰めの後冷蔵庫において小分け密封包装体が冷却されると、袋内面に結露を生じ、これが雑菌の繁殖を促すことになること、真空包装する段階において真空冷却することによってこの問題を解消できることが記載されており、この冷却温度はカット野菜が凍結しない限度において低温、具体的には2~5度℃の範囲が好ましいことが記載されているのであるから、これらのことは、本件発明と甲第1号証に記載された発明に共通した前提となる技術的事項である。
(3)甲第1号証に記載されたカット野菜自動生産方法と請求項1に係る本件特許発明との比較 甲第1号証に記載されたものの上記「容器」は請求項1に係る本件特許発明の「バケット」に相当することは明らかであるから、請求項1に係る本件特許発明は次の点において相違し、その余の点においては一致しているものと認められる。
(イ)最終洗浄装置と遠心脱水機との間の自動搬送装置をネットコンベアーにした点、
(ロ)秤量、袋への充填、真空包装の一連の秤量包装作業の雰囲気温度を低温にした点。
なお、甲第1号証には真空冷却装置11によって冷却乾燥するものであるむねの記載はないのであるから、このものの真空冷却は本件発明の「真空冷却乾燥」とは異なる旨主張するが、真空冷却装置によって処理がなされるとき、水分の蒸発が促進されて冷却乾燥されること(どの程度の水分を除去するかの程度はともかくとして)は技術常識であるから、甲第1号証における真空冷却が真空冷却乾燥と特に相違するものとは言えない。
(4)相違点についての考察
〔相違点(イ)について〕
相違点(イ)は「最終洗浄装置と遠心脱水機との間の自動搬送装置をネットコンベアーにした」ことであり、このことによって、最終洗浄装置から引き上げられ、遠心脱水機に搬入されるまでの間に、ネットコンベアー上においてカット野菜が幾分水切りされることである。しかし、すぐに遠心脱水機によって脱水処理されるカット野菜を最終洗浄装置から引き上げられ、遠心脱水機に搬入されるまでの間において幾分水切りすることが、特にどのような技術的意義を有するものかは明細書の記載において明らかではない。
ところで、甲第1号証に記載されたカット野菜の自動化生産方法においても、カット野菜は三次洗浄装置7から自動的に引き上げられ、搬送され、遠心脱水機に投入されるのであるから、三次洗浄装置7と遠心脱水機8との間に何等かの自動搬送装置を介在させるものであることは自明である。
また、そ菜類の洗浄処理装置において、洗浄が完了したそ菜類を洗浄槽から引上げ、移送するための手段として、ネットコンベアを用いることは従来周知のことであり(一例として、実開平1-32097号マイクロフィルム、特開昭50-148146号公報参照)、これがもっとも一般的に用いられているものである。このネットコンベアをそ菜の洗浄装置から野菜を引上げて搬送する手段として用いるときは、当該ネットコンベアが水切作用を奏すること(そ菜とともに洗浄槽から引き上げられた水をそ菜類から落として当該コンベア外に排除する機能を有すること)は当業者の常識である。また、甲第3号証に記載されたものの洗浄装置7からは水が下たる状態でカット野菜は引き上げられるのであるから、その実施に当たってのコンベアの形態としては水切り作用のあるもの(野菜とともに引き上げられた水をできるだけ洗浄槽7に戻せるもの)であることが望ましいことは当業者が常識的に推測できることである。
したがって、甲第1号証に記載されたカット野菜の自動化生産方法における洗浄装置7と遠心脱水機8との間に配置されるべき自動搬送装置をネットコンベアとすることは、その実施に当たって当業者が当然に採用することとして自明のことである(逆に、水切り作用のないコンベアを用いることはほとんど非現実的であるとも言える)。
〔相違点(ロ)について〕
相違点(ロ)は、秤量、袋への充填、真空包装の一連の秤量包装作業の雰囲気温度を低温にしたことであり、これによって、真空冷却乾燥装置で低温に冷却された野菜が、秤量、袋への充填、真空包装の段階で温暖下に晒されてしまうことが回避され、温暖下に晒されることによって小分け袋の内面に水分が結露することも可及的に防止され、乾燥状態で包装され、細菌の繁殖も良好に防止されるという作用、効果を奏するものである。
ところで、甲第1号証には秤量、袋への充填、真空包装を低温下で行う旨の明記はない。他方、真空冷却装置で「冷却が完了したカット野菜はパレタイザー12を経てボックスンパー12により格納ボックスからホッパー14、続いてコンベアに移され、コンピュータ秤量器15に送られる。・・・・・・・・真空包装されて・・・・フィルム小袋となって搬出される。小袋は・・・・・段ボール箱に詰められ、製品冷蔵庫20に保管される。」との記載がある。このことから、真空冷却装置によって、所定温度(前提技術における温度からすれば2~5℃程度の低温であると推測されないではない)に冷却されたカット野菜は、秤量、包装工程を経て、段ボール箱に詰められ、そのまま冷蔵庫(上記と同様に2~5℃程度の低温であると推測されないではない)に運び込まれることが明らかである。
洗浄後の野菜についても、それがカットされたものであるか否かに拘りなく、低温状態に保持されることがその鮮度低下を避ける上で望ましいのであるから、野菜の鮮度保持のためには洗浄水はもちろん、遠心脱水、搬送等の各工程を低温状態にすることが望ましいことは自明のことである。さらに、甲第1号証には、秤量、袋詰めおよび真空包装の一連の工程の前後においてカット野菜は低温状態に維持されることが記載されており、また、真空包装する段階において真空冷却することによって「袋内面に結露を生じ、これが雑菌の繁殖を促す」との問題を解消できることが前提技術である上記特開昭63-24649号公報に記載されているのであるから、このことは甲第1号証に記載された発明の前提技術の範囲内の事項であることが明らかである。
さらに、カット野菜の秤量、袋詰めおよび真空包装の一連の工程を常温下で行うことは不可能ではないが、甲第1号証に記載されたカット野菜の自動化生産方法にあっては特にこれらの一連の作業を常温下で行うものであると解すべき特段の理由もない。
さらに、甲第1号証に記載されたものは、真空冷却装置11によって十分に冷却された後、直ちに計量、袋詰め、真空包装の一連の作業工程に移されるものであるから、仮に、この一連の作業雰囲気が積極的に冷却されるものではないとしても、当該作業工程においてカット野菜は十分に低温状態にあり、低温下において上記一連の作業がなされるものと推測されないでもない。
したがって、相違点(ロ)は、甲第1号証に記載されたカット野菜の自動化生産方法において、その前提技術を参酌しつつ常識的に読み取れる範囲内のことである。
以上のとおり、相違点(イ)、(ロ)はいずれも出願当時の技術常識、甲第1号証の発明の前提技術を参酌することによって、甲第1号証の記載から当業者が容易に推測して読み取れる範囲内のことであり、したがって、本件の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と実質上同一であるということができる。
3-1-2.請求項2に係る本件発明について
(1)請求項2に係る本件特許発明の要旨
特許請求の範囲の請求項2には次のとおり記載されている。
「自動秤量機による秤量工程及び自動充填機による充填工程を10℃以下の冷風下で行う請求口1記載のカット野菜の製造方法。」
なお、発明の詳細な説明の〔課題を解決するための手段〕の項に、「自動秤量機による秤量工程及び自動充填機による充填工程を10℃以下の冷風下で行うことが好適である。」との記載があるのでる。このことからすると、請求項2における「10℃以下の冷風下」はこのことを意味し、したがって、請求項2は請求項1の好適な実施態様であるということができる。
また、請求項2に係る発明が、秤量、真空包装等の一連の作業環境に冷風を流すことによって特別な作用を奏するものとも認められない(少なくともその様に認めるべき理由、根拠は明細書の記載にはない)。
さらに、作業環境を低温に維持するのには、冷風を当該作業環境に送り込み、冷気作業空間と冷熱源との間を循環させるのが一般的であることからすれば、「10℃以下の冷風下」は「10℃以下の作業環境温度」であることを実質上意味するものと言える。
したがって、請求項2に係る本件特許発明は、請求項1に係る発明における、「低温下」を「10℃以下の作業環境下」としたものと言える。
それゆえ、請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載されたものに比して、請求項1の発明の上記相違点(イ)の外に、(ハ)秤量、真空包装等の一連の作業環境温度を10℃以下とした点において相違するものと認められる。
(2)相違点についての考察
相違点(イ)は、上記のとおり、甲第1号証に記載されたカット野菜の自動化生産方法の実施に当たって当業者が当然に採用することとして、当業者の技術常識的に推測できたことであり、甲第1号証の記載から自明のことである。
〔相違点(ハ)について〕
ところで、カット野菜を分包したフィルム袋を真空包装する作業雰囲気を2~5℃にすることが望ましいことは甲第1号証の前提技術に示されていることであり、また、洗浄した野菜は雰囲気温度が高いほど劣化の進行速度が速く、保存温度が0℃に近いほど野菜の劣化が抑制されることは当業者の技術常識である。
逆に、小袋に真空包装された甲第2号証に記載されたカット野菜の自動生産方法は、カット野菜の秤量、真空包装等の工程の雰囲気温度を11℃以上にするものであると推測、理解することはむしろ非常識である。
それゆえ、野菜の秤量、真空包装等の一連の作業環境温度を10℃以下にすることは、甲第1号証に記載された野菜の秤量、真空包装等の一連の作業を実際に行うときの当該作業環境の温度管理範囲として常識的な範囲であり、また、前提技術を参酌することによって甲第1号証の記載から当然に読み取れる範囲内のことである。
以上のことから、相違点(ハ)、すなわち、「10℃以下の冷風下」とした点は出願当時の技術常識、前記の前提技術を参酌することによって甲第1号証の記載から当業者が容易に読み取れた範囲内のことであり、あるいは当該発明を実施するに当たって、当業者が常識的に選択する温度範囲として自明のことである。
したがって、本件の請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と実質上同一であるということができる。
3-1-3.出願人、発明者について
また、本件出願の出願人、発明者については、これらが甲第1号証の出願の出願人、発明者とそれぞれ同一であるとは認められない。
3-2.理由2について
理由2は要するに、本件発明者は、自ら本件特許発明を創作したものではなく、甲第5号証によって知得して、これを出願したものであるから、いわゆる冒認出願であるということである。
本件審判請求人は、本件特許出願人に差し出された抗議書(甲第5号証)に記載された発明を本件特許の発明者(吉沢 昭人外2名)が盗用して特許出願したものであるというが、甲第5号証の宛名人は吉沢昭人等の本件発明者ではないのであるから、彼等が甲第5号証からこれに記載された発明を知得したものと断じることはできず、外に証拠もない。
また仮に、吉沢昭人等の本件発明者が甲第5号証を入手できたとしても、甲第5号証に本件特許発明の骨子、要点に相当する事項が記載されていることは認められるが、本件特許発明そのもの、あるいはその全てが記載されているかは疑問なしとしない。
したがって、本件発明者が甲第5号証から本件特許発明の全てを初めて知得したものとは必ずしも言えない(被請求人が提出した乙第1号証、乙第2号証参照)。
なお、上記抗議書による抗議に対して特許権者は反論しておらず、このことが、抗議書の内容は事実であることを裏付けるものであると請求人は主張するが、私的な抗争の場において反論するかどうかはそれが事実であるか否かのみによって左右されるものではないし、私的な抗争の場において反論しなかったことの故にその不利益を被請求人が必ず負わねばならないわけでもないから、上記抗議書に対して被請求人が反論しなかったを根拠にして、本件発明者が甲第5号証に記載された発明をこれから初めて知得したものであると断じることはできない。
それゆえ、理由2については理由があるものとすることはできない。
4.まとめ
以上のとおりであるから、本件特許は、請求項1に係る発明、請求項2に係る発明のいずれについても特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項2号の規定により、無効にすべきものである。